『数学で犯罪を解決する』

『数学で犯罪を解決する』という本が県立図書館にあったので借りてきた。米国のTVドラマ NUMB3RS を解説する形での,数学(特に確率・統計)の啓蒙書である。巻末に訳者の山形浩生さんによる解説があり,それ自身たいへんおもしろい読み物になっているが,専門的な部分はあまり信じないほうがいい。

このブログの一つ前の 足利事件当時のDNA鑑定の精度は? にも関係するDNAプロファイリングの話もある。容疑者のDNA型が一致する場合と,DNAデータベースを探して同じ型が見つかる場合(コールド・ヒット)とでは,確率の捉え方を変えなければならないことも書かれている。なお,ここではヒットの確率を10兆分の1と評価している。

Chapter 12「裁判所の数学」もおもしろい。ここで扱っている People v. Collins の裁判は,訴追者の誤謬(Prosecutor's fallacy)の古典的な例として,他の多くの類書にも載っている(カプラン&カプラン『確率の科学史』にも詳しく書かれているが,訳の格調が高すぎるためか,読みにくい)。この事件では,検察側は大学の数学の先生まで呼んできて,目撃者による犯人の特徴と,被告人たちの特徴が偶然に一致する確率は,控え目に評価しても1200万分の1であると主張し,一審で有罪を得たが,州最高裁で無罪となった。

大川法律事務所ー主張・コリンズ裁判と訴追者の誤謬にもわかりやすく解説されている。

People v. Collins の事件で検察が使った「数学」は以下の通りである。目撃者による犯人(男女)の特徴と,任意の男女がその特徴を持つ確率を控えめに見積もった値(1964年当時のロサンゼルスでの話):

  • あごひげのある黒人: 1/10
  • 口ひげのある男: 1/4
  • 金髪の白人の女: 1/3
  • ポニーテールの女: 1/10
  • 車内に人種の異なる男女: 1/1000
  • 黄色い車: 1/10

これらを掛け合わせると,確率は1200万分の1になるが,被告たちはこの特徴をすべて持っている。

おや…??

どちらかというとオフトピ気味だと思いますが, コリンズ裁判についてのリンク先の解説に「ひとつ一つの「特徴」が起こる確率を掛け合わせるということ自体は間違いない」という一文があり, 少し引っかかるものを感じました.

例えば, リンク先の解説の設問などは非常に分りやすいのですが, 「1. 男(1/2)」かつ「4. あごひげを生やしている(1/50)」である確率は 1/2 * 1/50 ではなく, ほぼ 1/50 であるのは明白でしょう. あごひげと認識されるほどヒゲが生えてる女性は, それこそ奇跡的確率でしかいないはずです. まあ,「特徴」がもっと複雑になればこれほど明らかとはいかないでしょうけれども, 少なくともこれで, 解説において各特徴の間に相関があるかどうかということを考慮し忘れているということは指摘できるのではと考えます.

もちろん, 「特徴を全て備える確率」は「それが犯人である確率」ではないというのが最も大きな論点であることはわかりますが, 特徴間に相関があればあるほど, 説明の骨子になっている「全ての特徴を併せ持つものが犯人である確率」はどんどん低くなるわけですから, これを見落としていること決して小さくはない誤謬であるように思います.

むしろこっちの論点のほうが, 数字に弱くとも陪審員/裁判員を説得できてしまいそうな気がするんですが :-P
尤も, テレビなどで統計学的な話を「数学」と言われると思わず首を傾げてしまう, 「数字」に弱い元数学科学生の戯言でしかないかもしれませんが B-(

* 目が二つある男: 1/2 * 鼻がひとつしかない男:

* 目が二つある男: 1/2
* 鼻がひとつしかない男: 1/2
* 口がひとつだけある男: 1/2
* 髪の毛のある男: 1/3
* 茶髪の日本人女性 1/3
* 化粧をしている女性 1/3
* かばんを持っている女性: 1/4
* 車内に男女ふたりだけ: 1/10

みたいなものを掛け合わせて 1/8640 と主張するような話ですね。

注4参照のこと。

注4参照のこと。

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