空集合の記号

@munepixyz さんが「空集合を \emptyset ではなく、「\phi」と入力してくるTeX原稿が結構ある。なんでやろう? #TeX」とつぶやいておられたので,ちょっと調べてみた。

まず,Unicodeの ∅ (EMPTY SET, U+2205) は,多くのフォントでは円+斜め45度の線の字形だが,ゼロ+斜線の字形もある。

TeX以前の本をいくつか調べてみた。

『岩波数学辞典』第3版はϕ(ファイ)に近い字形:

『岩波数学辞典』第3版の空集合の記号

『岩波情報科学辞典』も同様:

『岩波情報科学辞典』の空集合の記号

KnuthのFundamental Algorithms第2版はゼロに斜線:

empty set symbol, Knuth, Fundamental Algorithms, 2nd ed.

小松勇作編『数学 英和・和英辞典』(共立,1979年)は3通り載せている。2番目のものはまったくのϕ(ファイ)である:

『数学 英和・和英辞典』の空集合の記号

中学・高校の教科書は?

私の時の中学・高校の教科書では φ (U+03D5の方が適当かな) そのものだったと記憶しているのですが、今は違うのでしょうか?

日本の高校教科書…

emathWikiの空集合のページに説明がありました。「日本の高校教科書では,ギリシャ文字 ファイ を使っているものが多いようです」だそうです。

と書いてから自分の本を見たら,p.87に「日本の高校の教科書などではよくギリシア文字 $\phi$(\verb|\phi|)で代用しています」と書いていました。^^;

>と書いてから自分の本を見たら 本当ですね ;-)

>と書いてから自分の本を見たら
本当ですね ;-) で、その本のフォントでは \emptyset は「ゼロを串刺しにした記号」にあまり見えない ;-) ;-)

教科書が「グリフの代用」をするとは思えないので、結局、文科省的には空集合の記号は U+03D5 ということなんですかね……。

ゼロを串刺し

「ゼロを串刺し」はComputer Modernを使っていたころの名残りですね。今の美文書はmathpazoですので「◯を串刺し」のほうが当たっていますね。

ちなみにp.100には \varnothing も載っています。

文科省的には…

今回改訂の学習指導要領そのものには∅は載っていませんが,文科省の学習指導要領解説の『数学』p.47を見ますと,3行目には空集合の記号として◯を串刺しした∅が使ってあります。しかし,同じページの21行目には空事象の記号としてϕ(ファイ)が使われているという具合で,まったく統一がとれていません。

教科書会社は気にせず,慣例に従って組版しています。

と書いていて,よく見たらファイを大文字にしていたことに気づきましたので訂正しました。ファイの小文字にも φ (U+03C6) ϕ (U+03D5) およびそれらの数式用イタリック体 U+1D711,U+1D719 などいろいろあるんですね。サロゲートペアになるものは,表示できるのですが,このブログに入力すると消えてしまうようです。

ついでにですが,Wikibooksのトーク:高等学校数学A 集合と論理でもこの問題が論じられていました。

そういえば…

空集合の記号問題をみて、僕もTeXを使い始めの頃に、同じ疑問を持ったことがありましたが、結局 emptyset を使うことにしました。

あと、似ている例では「等号の否定」とかもありますよね。僕の画面では、≠は、等号の右上から左下に線が引かれていますが、数学の教科書を見ると逆の左上から右下のものが多いですね。

他にも、アスタリスクが、僕の画面では、* だと、0, 60, 120 なんですが、電話のキーにあるアスターは 30, 90, 150 だったりとか…

NOT EQUAL TO

NOT EQUAL TO (U+2260) ≠ はMacに入っているフォントを見る限りどれも = と / ですね。『数学 英和・和英辞典』では3通り(= と |,= とバックスラッシュ,= と /)載っていました。

日本の教科書の字形(= とバックスラッシュ)はカタカナの「キ」に引きずられたものでしょうか。

空集合の記号 ∅ の起源

@susukeneko さんに指摘していただいて調べたところ,アンドレ・ヴェイユが1939年の本で使ったのが初めのようです。ノルウェー語のアルファベット Ø が起源とのことです。Weil: “The symbol came from the Norwegian alphabet, with which I alone among the Bourbaki group was familiar.” (Earliest Uses of Symbols of Set Theory and Logic)

日本語のウィキペディアの空集合の記述は,このヴェイユの説明とは微妙に違っていたので,元の記述も残す形で少し修正してみました。問題があれば再修正お願いします。

小田忠雄氏のpdf

私がTeXを書くときにいつも参考にする小田忠雄氏の文書( http://www.math.tohoku.ac.jp/oda_tex/oda_tex.pdf )では、「空集合には \emptysetを使うべきで, ギリシャ文字の \phi を使うべきではない. X」とあります。

日本評論社は \emptyset=「円+45度斜線」

拙著 「論理と集合から始める数学の基礎」(http://www.nippyo.co.jp/book/4116.html)p.4では次のように書いています.
====
コラム[1] 空集合の記号
記号∅は,円に斜線を重ねたもので,空集合を書き表すために作られた数学独特の記号です.数字のゼロに斜線を重ねた(やはり数学独特の)記号〓を空集合の記号として使うこともあります.空集合の記号をφ(ギリシア文字ファイ)で代用している本がありますが,φと空集合の記号は本来は別のものです.
====
(〓はゼロに斜線の記号)

実は,この本の下敷きにした自作講義ノートでは,当初
「記号 $\emptyset$ は,数字のゼロに斜線を重ねた…」
と記していました.ところが,日本評論社から提供された入稿用クラスファイルに流し込んでタイプセットしてみたら,クラスファイルで
\let\emptyset=\varnothing
と再定義されていることに気づいて,あわてて
\mathchardef\zeroslash="023B
という定義を自分で入れて,上記の通り書き直した次第です(^^;).

音読

私が気になるのは,記号の形より,むしろ「音読するときの読み方の流儀」です.
空集合記号の印刷時の字形としてφを使うのは,慣用ということで寛容(^^)であってよいと私は思っていますが,数学の授業などで式を音読するときに「ファイ」と読む学生が少なくないのは気になります.
私自身は,学生の前で式を音読するときには,記号∅は「空集合」または「空(くう)」と読むことにしています.拙著でも「空集合」「空」を推奨しています.

もっとも,記号の読み方についての私の基本的立場はLamport本の冒頭と同じく「誰かが決めるのでなく,習慣によって自然に定着するもの」ですが…

Ф

そういえば、ロシアの数学書で、キリル文字の Ф (読みは「エフ」)を使っている例ってあるのだろうか。

ちなみに本属の本部があるのは「府中」市です。

http://ru.wikipedia.org/wiki/%D0%A4%D1%83%D1%82%D1%8E_%28%D0%A2%D0%BE%D0...

使ってなさそうでした

自己フォローです。
http://ru.wikipedia.org/wiki/%D0%9F%D1%83%D1%81%D1%82%D0%BE%D0%B5_%D0%BC...
を見るかぎり、使ってなさそうですね。

べき集合の記号

話は変わりますが,集合 X のべき集合を P(X) で表すときの P はどうでしょうか.
公理的集合論関係の洋書をいくつか見てみると,$\mathcal{P}$ か $P$ (単なる数式イタリック)の二つの流儀に分かれるようです.TeX 以前の古い本だと,いわゆる「筆記体」の P も見つかります.
日本語の古い本では $\mathfrak{P}$ をわりと多く見かけます.たとえば松坂和夫「集合・位相入門」(岩波書店)がそうです.

出遅れました(^^;;; えーと,空集合を\phiというの

出遅れました(^^;;;

えーと,空集合を\phiというのは
少なくとも20年位前の高校数学の教科書は
そうなってたはずです
#というか・・・そう習った(苦笑)

で,これなんですが,たぶん
いわゆる「新数学」のころ
\emptyset(Weilの記号にあわせたもの)
だったのだと思いますが,
========ここから推測
当時の写植の機械にその文字がなくって
ギリシア文字で代用したんじゃないかと思います
========推測終わり
岩波新書(緑)の遠山啓の「新しい数学」(上下)とかだと
どうなってるんでしょうか.

で・・・印刷屋としては
編集者が\phiを指定したら
たとえおかしくても\phiにします.
そして,\phiが拡大生産され
それをみた別の編集者が\phiにするという流れです(^^;;

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