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ネットでの人間関係は難しい積ん読だった朝日新聞8月26日朝刊,社説の横「ケータイが変える変わる 学校とメールは別の顔」・生活面「中高生「ケータイ術」」・三重版「学校裏サイト監視中」をやっと読んだ。 メルアドを変えて新しいアドレスを一斉送信するのは「友達を確認する意味がある」らしい。切り捨てられた友だちにはアドレスを教えない。最近たまたま似た事例を見聞きしたので,なるほどと思った。 メール,プロフ,学校裏サイトは昔からのネットの状況と同じだが,子どもたちはそれを現実世界にも持ち込んでいる。一方,大人は現実世界ではおとなしいがネットで攻撃的な性格に変貌することがよくある。最近このブログでも攻撃的な書き込みがいくつかあり,次第にエスカレートした内容になってきたので,その記事へのコメントをクローズしてしまった。 今日はTeX Q & Aでも「ど素人のうえに理解力がなく」……「社会不適応で、ものの書き方を知らず、どうしようもない」といった書き込みがあった。今は大学でも学生に対してこんなことを言えばアカハラで問題になる。ただ,きつい言葉を並べながらも丁寧に教えてくださるかたが多いことには感謝しなければならない。
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検索最近のコメント
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現在は難しいですね…
御無沙汰しております>奥村先生
現在の状況では、ネット上での人間関係は本当に
難しいと思います。
ひとむかし前であれば、ネットニュースを通じて
知り合った人たちと交流を持って、MLに入って、
off会で親交を深めて…ということができました。
私は今でもその当時知り合った人たちとは交流が
あります。
思うに、当時はインターネットなんて、一部の
(ある意味)マニアックな人たちの世界で
構成されていて、ある意味「敷居が高い世界」
だったからこそ、人間関係の構築が(共通の
趣味を持っているという接点を用いることによって)
比較的容易だったのではないでしょうか。
携帯電話やブロードバンド環境が発達した昨今では
共通の趣味という接点はもはや捨て去られ、
猫も杓子も…な状態ですよね?また、仮想世界を
ふんだんに取り入れたゲームが発達し、現実と仮想世界の住み分けをしっかりと認識することをできなくするのを助長していように思います。
こんなことを書くと「昔は良かった」的な結論に
帰着してしまいそうですが、実際問題として、
敷居が低くなっている(これも「規制緩和」か?)
ことが、ネットでの人間関係を難しくする一助に
なってしまていると思います。
余談ですが、最近は「ちょっと不自由なくらいの
方が頭を使うし、思考力を鍛えるためには良いの
ではないか」…と思っています。
長文、失礼いたしました。
西島さんどうも
昔も同じようなことがよくありました。ネットで本性が現れるのはむしろおもしろいことだと思っています。
人間関係は難しい
最近見慣れてしまった感があるのですが、「死ね」の類の書き込み。
オンライン、オフライン問わず人間関係は難しいとおもいますが、ネット上での人間関係の難しさはコミュニケーション能力に左右される一面もあるように思います。
文字ではニュアンスが伝わらなかったり、適当な言葉がみつからなかったり、単刀直入な物言いになったりしがちですよね。
私自身も言葉の解釈に困ったり、正確に相手に伝わっているかと気になり、ついつい言葉数が多くなってしまいます。
それと、仮想空間という認識がいけないのではないかと思います。
電話の場合はバーチャルといわないのに、ネットを経由するとバーチャル。
端末の両サイドには人間がいるわけですから、それを無視した発言をする人のモラルが問われると思います。でも、モラル教育って難しいんでしょうね。
それと奥村先生の仰るとおり、実社会でも「口は悪いがいいひと」がたくさんいますよね。ネットでもそれ以外でもそういう方々にはお世話になりました。(今もですが)
とりとめのない内容ですみません。
ほんとそうですね