=== Page 1 ==== 月曜6 ∼ 7限 第 4 回 圏論ゼミ 圏論は数学を俯瞰して見る. 高い空からは詳細が見えなくなるが, 地上からは見つけられなかったパターンを見つける ことが出来る. 最小公倍数と二つの線形空間の直和はどの様に似ているのか等, このような疑問の答えを捜し当て数学 で今まで見たことないようなパターンを見い出す. 0 普遍性 本書で最も重要な概念は,普遍性 である. この概念の異なった現われを追っていく. まず最初に集合と写像に関する普遍性の例を挙げる. 例 0.1 1 を一つの元からなる集合とする:1 = {y}, φ を空集合とする. この時,1 と φ は次の普遍性を持つ: 1 任意の集合 X について, X から 1 へただ一つの写像が存在する. 2 任意の集合 W について, φ から W へただ一つの写像が存在する. 写像の定義 集合 A, B の元の順序対からなる集合 f が以下の条件を満たすとき, f を A から B への写像と呼び f ; A → B と 表す. · x ∈ A ならば (x, y) ∈ f を満たす y ∈ B が存在する. ·x ∈ X ならば (x, y) ∈ f を満たす y ∈ 1 が存在する. ·z ∈ φならば (z, x) ∈ f ′ を満たす x ∈ W が存在する. (それぞれ空虚な真) をそれぞれ満たすので f, f ′ は写像である. g を X から 1 への任意の写像だとすると x ∈ X ならば (x, y) ∈ g を満たす y ∈ 1 が存在するので g = X × 1 = f と なるので一意性が示された. g ′ を φ から W への任意の写像だとすると g ′ = φ × Ŵ = φ = f ′ (Ŵ ⊂ W ) となるので一意性が示された. この例のような性質 (この場合, 1 , 2 ) は, 描写される対象 (この場合, 集合 1.φ) がそれが住んでいる世界の全体 (こ の場合, 集合の宇宙) とどの様に関係しているか述べているので,「普遍性」と呼ばれる. この性質は,「任意の集合 X(ま たは W ) について」という文言から始まっているので,1 と各々の集合 X と φ と各々の集合 W の関係 (「X から 1 へ のただ一つの写像が存在」,「φ から X へのただ一つの写像が存在」) について記述したものになっている. 本ゼミで後に学ぶことになるが, 1 は終対象, 2 は始対象の例である. 次に環と環準同型写像に関する普遍正の例を挙げる. 例 0.2 === Page 2 ==== 環 Z は次の性質を持つ: 3 任意の環 R に対して, 環準同型写像:Z → R がただ一つ存在する. 環の定義 R の演算 +, ×が以下の条件を満たす時, R を環と呼ぶ. (a1 ) 結合律 (a2 ) 単位元の存在 (a3 ) 逆元の存在 な b を − a と表す. (a4 ) 可換律 (b) × に対して a1 , a2 , a4 が成り立ち, これらのを条件を b1 , b2 , b3 と表す. b2 を満たす様な元を 1 と定義する. (c) 分配律 以下,a × b を ab と表す. 環準同型写像 R と R′ を環とし以下の条件を満たす写像ϕ を環準同型写像という. R を環とし, 写像 ϕ (ここで 1 とは環 R の × に対する単位元と定義す ϕ が環準同型写像であることを確かめる. [ |m| < |n|」∨「|m| = |n|」] の場合を調べる. ϕ(nm) = ϕ(n)ϕ(m) は上と同様. 次に「0 < m ≤ n」 , m ≤ n < 0」の場合を調べる. === Page 3 ==== 定義より ϕ(1) = 1R (1R は環 R の × に対する単位元である.) よって ϕ は環準同型写像である. ϕ の一意性を示す 環準同型写像は加法を保つので, 任意の n > 0 について が成り立つ. 環準同型写像の性質 R, R′ を環, ϕ を環準同型写像, 0R , 0R′ , 1R , 1R′ をそれぞれ R, R′ の加法単位元, 乗法単位元, ∀a ∈ R, ∀a′ ∈ R′ (ϕ(a) = a′ ) とすると以下の性質が成り立つ; よって 3 が示された. えられた普遍性を満たす対象は本質的に一つしか存在し得ないことがあげられる. この語「本質的に」は, 二つの対象 が同じ普遍性を満たす場合, それらは常に同型になることを意味している. 次がその例である. 補題 0.3 環 A が性質 3 を持つとする. この時, 環同型 A ∼ = Z が成り立つ. 証明; ベーシック圏論を参照 この証明は, 環の性質を殆ど用いていないことが一番の注目すべき点である. 問 0.13 Z 係数の 1 変数多項式環を Z とする. (a) 任意の環 R と任意の r ∈ R に対して φ(x) = r となるような環準同型写像 φ; Z(x) → R がただ一つ存在する. (b) A を環, a ∈ A とする. 任意の R と任意の r ∈ R に対して φ(a) = r となるような環準同型写像 φ; A → R がた だ一つ存在すると仮定する. その時 ι(x) = a となるような同型写像 ι; Z → A が存在するとする. (a) φ(f (x)) = a0 + a1 r + · · · + an rn と定義する. 但し,R の中で ai = 1R + · · · + 1R (ai > 0) または −(1R + · · · + 1R ) (ai < 0) または 0R (ai = 0) (0R , 1R は R の 加法単位元と乗法単位元) と見なす. その時, f (x) + g(x) = ξ(x) とおけば, 故に === Page 4 ==== 環の性質 環の任意の元 a, b ∈ R について, 次が成り立つ; これによって次が成り立つ; (0 と 1 は R の加法単位元と乗法単位元) 次に, f (x)g(x) = η(x) とおけば, 従って, よって φ は環準同型となる. 任意の環 R と任意の r ∈ R に対して φ(x) = r = ψ(r) となるような環準同型写像 φ φ|Z , ψ|Z はそれぞれ環準同型写像で定義域, 値域共に Z, R なので 3 より φ|Z = ψ|Z となる. 任意の Z の元 f (x) に対して よって一意性が示された. (b); 証明は補題 0.3 と同様. 例 0.4 線形写像 V, W を体 F 上の線形空間とし, 写像 T (a) 任意の u, v ∈ V に対して T (u + v) = T u + T v が成り立つ. (b) 任意のλ ∈ F, 任意の v ∈ V に対して T (λv) = λ(T v) が成り立つ. V , W をベクトル空間, (vs )s∈S を V の基底とする. その時, 単に (vs )s∈S が W の元の何処に行くかを示すことによっ て V から W への線形写像が明示出来る. よって任意の線形空間 W に対して「線形写像 V → W 」と「写像 S → W 」 (S は V の基底の添字集合) の間に一対一の対応が存在する. すなわち, 写像 i; S → V を i(s) = vs (∀s ∈ S) によって 定義すると, V と i は以下の普遍性を持つ: === Page 5 ==== この図は任意の線形空間 W と任意の写像 f だ一つであるという事を表している.∃! は存在してただ一つということを意味している. この記号は度々用いることに 次に位相空間と連続写像に関する普遍性の例を挙げる. 例 0.5 位相空間の定義 X を集合とし, T を X の部分集合を元とする集合だとする.T が以下の条件を満たした T を X 上の位相とい (a) T がφと X を元として持つ. (b) T の任意の部分集合の元の和集合はまた T の元である. (c) T の任意の有限部分集合の元の共通部分はまた T の元である. このような T を X の位相といい T が明示された X を位相空間といい, T の元を開集合と呼ぶ. 連続写像の定義 X と Y を位相空間, f Y の任意の開集合 V に対して f −1 (V ) が X の開集合となる. S を集合, S に離散位相 (S の全ての部分集合を開集合とした位相) を導入し位相空間 D(S) を離散位相空間とする. 写像 i 4 ; 任意の位相空間 X と任意の写像 f 在する. 単なる集合の間の写像ではなくて連続写像 f¯ は位相空間の間の連続写像と見なす事を除いて f¯ は f と同じ写像で ある. S が与えられたとき, 4 の普遍性は D(S) と i を同型を除いて一意的に決める (この証明は補題 0.3 と同様である.). 問 0.10 S を集合, I(S) 密着位相空間 (φ と S 自身を開集合として持つ位相) とする.I(S) によって満たされる普遍性 を見つけよ. I(S) と i は, 次の普遍性を持つ; 5 ; 任意の位相空間と任意の写像 f ; X → S について,i ◦ f¯ = f となる. 連続写像 f¯; X → I(S) がただ一つ存在する. X を任意の集合 i を I(S) から S への恒等写像, f を f¯ の存在 の x ∈ X に対して f (x) = f¯(x)」と定義する. すると f¯−1 (I(S)) = X, f¯−1 (φ) = φ となるので f¯ は連続写像であり, f¯ は定義より i ◦ f¯ = f となる. f¯ の一意性 === Page 6 ==== 記の主張が示された. この 0.4 と 0.5 例は後に出てくる随伴関手の点で最も簡単に描写出来る. 例 0.6 双線型写像 U, V, W を体 F 上の線形空間とし, f 像という. : U, V, W を線形空間とすると, ある線形空間 T とある双線型写像 b 6 任意の線形空間 W と任意の双線型写像 f 在する. 共通の体 R 上のベクトル空間 R3 , R3 に対して,R3 の基底 B = {e1 , e2 , e3 } をとるとき, これらの直積 B × B が生 成する 9 次元の自由ベクトル空間 を考える.R3 ⊗ R3 の元としての順序対 (ei , ej ) は ⊗ を用いて ei ⊗ ej と書くことにすれば,R3 ⊗ R3 の任意の元は適 当な有限個のスカラー cij を用いて の形の有限和に表される. これにより, 任意のベクトル r1 , r2 ∈ R3 で r1 ⊗ r2 が定義出来る. 実際, 基底ベクトル ei , ej ∈ R3 で ei ⊗ ej ∈ R3 ⊗ R3 は与えられているから, 任意のベクトルの積はこれを双線型な仕方で拡張して得ら に対して, と定められる. これより写像 ⊗ そして ⊗ と R3 ⊗ R3 は以下を満たす 補題 0.7 U. V を線形空間とし, b と,j ◦ b = b′ となるただ一つの同型写像 j === Page 7 ==== 証明; ベーシック圏論を参照. 例 0.6 において, 与えらえれた線形空間 U, V について, 普遍性 6 を満たす組 (T, b) の存在を事実として述べ, 同型を 除いてただ一つしか存在しないことを補題 0.7 で示した. この線形空間 T は U と V のテンソル積と呼ばれ,U ⊗ V と 書かれる.U × V からの双線型写像は U ⊗ V からの線形写像であるから, テンソル積は双線型写像の研究を, 線形写像 の研究に帰着する. 補題 0.7 はテンソル積とはどういうものかについて言及しているという意味で、テンソル積そのものを安全に言及で きる. 普遍性を知らなければ、我々が考えるテンソル積は一つしかないことを確かめなければならない. これは普遍性 を満たすものであれば適用可能な一般的事柄である. 今まで, 普遍性の幾つかの例を見てきた. これから, 普遍性の異なった見かけの記述方法を展開していく. 圏の基本的語 彙を確立した後, 随伴関手, 表現可能関手を調べる. これらの各々は普遍性へのそれぞれのアプローチを提供し, それぞ れの異なった考え方に焦点を当てる. 1.1 圏 圏は互いに関係を持つ対象からなる体系である. 対象の間の射という概念があって, 対象たちを結び付けている. 「対象」の典型的な例は, 0 章の例の集合, 環, 線形空間, 位相空間で, それぞれの場合に「射」の典型的な例は「写像」, 「環準同型写像」「線形写像」 「連続写像」である. しかし, 圏論における「射」は最も慣れ親しんでいる関数である必要はない. 圏はそれ自身数学的な対象である. このことを念頭におけば, 「圏の間の射」なる概念があることも自然である. その ような射は関手という. さらにその関手の間の射の概念も存在する. そのような射は自然変換という. 定義 1.1.1 圏 A とは, · 対象の集まり ob(A ) · 各 A, B ∈ ob(A ) について, A から B への射または矢印の集まり A (A, B) · 各 A, B, C ∈ ob(A ) について, 合成と呼ばれる関数 · 各 A ∈ ob(A ) について, A 上の恒等射と呼ばれる A (A, A) の元 1A からなり, 以下の公理を満たすもののことである. · 結合法則 · 単位法則 射の一意性: 圏の定義は,A の射の列 から, ちょうど一つの射 (つまり fn fn−1 · · · f1 ) A0 → An が構成出来るように設計されている. ここで n ≥ 0 と意図されているが, n = 0 の場合, 上記の主張は圏の各対象 A0 についてちょうど一つの射 A0 → A0 (つまり恒等射 1A0 ) が構成出来るということである.1 が 0 個の積 (空積) と思えるように, 恒等射は 0 重の 合成 (空合成) と見なすことが出来る. 可換図式; 可換図式について論じることが多々ある. 例えば === Page 8 ==== の様に与えられた圏の対象と射について, gf = jih の時図式は可換であるという. 一般的に, 図式が可換であるとは, 対象 X から Y への経路が二つ以上あるならいつでも, 片方の経路の合成で得られる X から Y への射が, 他の経路の 合成で得られる射と等しいことをいう. 定義域, 値域; f ∈ A(A, B) について,A を f の定義域といい,B を f の値域という. 圏の射には明確に定義域と値域が定まっている. 定義 1.1.4 圏 A の射 f ることをいう. 定義 1.1.4 の状況で, g は f の逆射といい g = f −1 と表し, f −1 は存在すれば一意である. A か ら B に同型写像が存在する時, A と B は同型であるといい, A ∼ = B と表す. 問 1.1.13 圏の射が逆射を持つならば, それは高々一つであることを示せ. つまり射 f つ f g = 1B なる g 圏 A の同型射 f となるので, 圏の射が逆射を持つならば, それは高々一つである. 例 1.1.5 集合と写像の成す圏 Set において, 任意の全単射である写像は逆写像を持つので同型射となる. 例 1.1.6 群と群準同型写像の成す圏 Grp において, 群同型写像の性質 群準同型写像を全単射な群準同型写像と定義する. G, G′ を群とすると以下が成り立つ : ϕ これより任意の群同型写像は同型射である. ここまでの例では全単射性を持つ射が同型射となっているが何らかの圏で写像が射である場合, 写像の全単射性は同 型射であるための必要条件であるが十分条件ではない. 以下がその例である. 例 1.1.7 位相空間と連続写像が成す圏 T op において, 同相写像の定義 位相空間 A, B の間の写像 f これより同相写像は同型射となる. Grp の場合とは違って,T op では全単射な連続写像は必ずしも同型射ではない. その例は, 射 === Page 9 ==== で, これは連続写像だが, 同相写像ではない. これまで殆どの例で, 圏の対象は構造を持った集合 (群構造, 位相構造, Set の場合には何の構造も持たなかった) であ り, 射は構造を保つ関数である. そしてどの例でも対象の元が何かについては明確に決まっている. しかし, 一般的には, 圏の対象は「構造付き集合」ではない. 故に, 一般の圏においては対象の元について論じることは 意味を成さない. また, 一般の圏で, 射は必ずしも写像である必要はない. つまり: 圏の対象は, これぽっちも集合のようである必要はない, 圏の射は, これぽっちも写像のようである必要はない. 以下の例がこの事の説明である. 例 1.1.8 (a) 圏はその対象, 射, 合成, 恒等射が何であるかを直接述べることで指定できる. 例えば φ は対象と射を持 たない圏である. 1 はただ一つの対象とその上の恒等射のみからなる圏である.:(各対象がその上の恒等射を持つこと は要求されているのでわざわざ恒等射を図示しない.) 次の様に書かれる二つの対象と, 一つ目の対象から二つ目の対象への恒等射でない射を一つもつ圏もある. 他にも これらはまた, 圏は必ずしも Set の対象が集合の宇宙の中の集合と射がそれらの間の写像であった様に広大でなくて も良いことを示している. 幾つかの圏は小さく, それ自身が扱いやすい構造になっている. (b) 恒等射以外の射を持たない圏がある. これらの圏は離散圏と呼ばれる. 離散圏の各対象は射が恒等射しかないとい う意で完全に孤立している圏である. 構成 1.1.9 圏 A について, 射の向きを反転させることで反対圏または双対圏 A op が定義される. 形式的には • 全ての対象 A, B について A op (B, A) = A (A, B). •A op の恒等射は A の恒等射と同じである. •A op における合成は A における合成と同じだが, 引数の順序が逆転する. これを書き下すと:A − の射とすると, A ← − C は A の射である. 後者は A の A ←−− C という射を生じ, これに対応する A op の射 A → C は元々考えていた A op の二つの射の合成である. 構成 1.1.11 圏 A と B について, 直積圏 A × B が以下のように定義される: 別の表現をすると, 直積圏 A × B の対象は組 (A, B) で (A ∈ A , B ∈ B), 射 (A, B) → (A′ , B ′ ) は組 (f, g) である (f === Page 10 ==== 問 1.1.4 直積圏の合成と恒等射の定義 各 (A, A ), (B, B ′ ), (C, C ′ ) ∈ ob(A ) × ob(B) = ob(A × B) と f ∈ A (A, B), f ′ ∈ B(A′ , B ′ ), g ∈ 合成: 恒等射: と定義すると, 結合法則: 任意の (f, f ′ ) ∈ (A (A, B))×(B)(A′ , B ′ )), (g, g ′ ) ∈ (A (B, C))×(B(B ′ , C ′ )), (h, h′ ) ∈ (A (C, D))×(B(C ′ , D ′ )) 単位法則: 任意の (f, f ′ ) ∈ (A (A, B)) × (B)(A′ , B ′ )) について 1.2 関手 圏論の一つの教訓は, 新しい数学的対象に出くわす度, それらの間の理にかなった「射」の概念が存在するか常に問う べきだという事である. これを圏そのものに適用してみる. それは圏の間の射は関手と呼ばれている. A , B を圏とする.関手 F 定義 1.2.1 • ∀A ∈ ob(A ) に対して A 7→ F (A) と書かれる関数 • A, A′ ∈ A に対して f 7→ F (f ) と書かれる関数 からなり, 以下の公理を満たすものの事である. 演習問題 1.2.21 関手は同型を保つ, つまり F 証明;f F (g) = F (1A′ ) = 1F (A′ ) を得る. よって F (A) ∼ = F (A′ ) である. 構造付き集合と構造を保つ写像が (Grp, Ring といった) 圏を成すという考えは今まで見てきた. 特にこの考えは, 圏 と関手に適用出来る. 対象が圏で射が関手の圏 CAT が存在する. これは関手が合成出来るという事を意味している. すなわち, 関手 A − → C について, 新しい関手 A −−−→ C が生じる. また, 各圏 A について, 恒等射 1A === Page 11 ==== 例 1.2.3 恐らく最も簡単な関手の例は, 忘却関手である.(正確な定義はない.) 例えば: (a) 次の様に定義される関手 U 写像 f も忘れる. (d) 忘却関手は必ずしも全ての構造を忘れる必要はない. 例えば,Ab をアーベル群の圏とする. 任意のアーベル群 A に ついて U (A) = A とし, 任意のアーベル群準同型写像 f について U (f ) = f として定まる. 包含関手 U があるが, これはアーベル群が可換であった事を忘れる. 忘却は自明な操作だが, それが効力を発揮する状況がある. 例えば, 任意の有限体の位数は素数の冪であるという定理 だが, 証明の重要なステップはその体が体であることを忘れ, 部分体 {0, 1, 1 + 1, · · · } 上の線形空間であることのみに 着目するということだ. 例 1.2.4 自由関手はある意味忘却関手の双対 (これは次章で論じる) であるが, 忘却関手が初等的であったのに対し て自由関手はそれほど初等的というわけではない. また, 「自由関手」は一般的な用語ではない. (a) 自由群の構成 S を任意の集合 {a, b, c, · · · } とする. この S の元を symbols, 有限の symbols の列を語と定義す る. 例えば, a, aa, ba, aaba 等が語である. そして W を上記のように構成された語の集合とする. さらに二つの語を横 に並べることによる二項演算 (積と呼ぶ) を考える: この二項演算は結合律を満たす. ここで, 空の語「」という物を考えこれを単位元とし, それを 1 を使って表す. 次に, 任意の a ∈ S に対して a−1 (形式的な元) を考え, S ′ を という集合とする. また S ′ の語の集合を W ′ で表す. そして W ′ の元に下記の様に x と x−1 が隣合った時, それら二つの元を消すことを簡約という: 上記の例の様に簡約し終えた語 (上記の例では ab) を簡約表示という. ここで上記の簡約の例に戻ると, 簡約の方法は複数あることがある. 他に という簡約の方法もある. この例では簡約の方法が違っていても簡約表示は一致していて, これは一般に成り立つ. す なわち簡約表示は一意に決まる. さらに二つの語 w, w′ に対して簡約表示が同じ場合同値と呼び w ∼ w′ と表す. この関係は同値関係となる. F (S) を W ′ の同値類とする. さらに下記の命題も満たす. • 同値な語の積はまた同値である. つまり w ∼ w′ , v ∼ v ′ とすると wv ∼ w′ v ′ が成り立つ. この命題によって F (S) は二項演算が定義でき群となる. そして, この F (S) を S の自由群と呼ぶ. S, S ′ を集合として f を S から S ′ への写像とする. F (S), F (S ′ ) をそれぞれ自由群とし F (f ) を F (S) から F (S ′ ) へ === Page 12 ==== の写像とし次の様に定義する: すると F (f ) は準同型写像となる. 以上より F は関手となる; S 1 , S 2 , S 3 を集合とし f ; S 1 → S 2 , g; S 2 → S 3 を写像, ai bj ck · · · dl を任意の語と, 1S 1 を S 1 上の恒等写像とすると これより F は Set から Grp への関手となる. (c) 自由線型空間の構成 S を任意の集合, K を体とする. F (S) は S の元の形式的な K 線形結合, つまり λs s という表示の成す集合とする. ここで λs は K の元とし, λ =0 なる s は有限個に限る. F (S) の元の和とスカ ラー積を以下の様に定義する (ここで k ∈ K): 以上によって F (S) は線形空間になる. また F (S) を関数 λ =0} が有限になるもの全ての集合として定義出来る. このような 関数 λ 下の様に定義する (s ∈ S, k ∈ K); λs s に対応することが分かる. λ, µ ∈ F (S) について, 和とスカラー積を以 任意の写像 f すると F (f ) は線形写像となる. 以上より F は関手となる; S, T, U を集合とし f === Page 13 ==== これより F は Set から V ectK への関手となる. 例 1.2.9 A, B を前順序集合とする. A , B を A, B と例 1.1.8(e) で見たような対応がある圏とする. この時, A から B への関手は順序を保つ写像となる. 問 1.2.22 f A , B を対象間に射が存在したら唯一であるような圏,A から B への関手が存在するとする. A, A′ ∈ ob(A ) を射 f F (A), F (A′ ) ∈ ob(B) が存在して F (A), F (A′ ) に対して F (f ) A, A′ と F (A), F (A′ ) に f と F (f ) が存在する事を A ≤ A′ と F (A) ≤ F (A′ ) と表すと, となるので F は順序を保つ写像となる. 例 1.2.11 位相空間 X について X 上の実数値連続関数の集合を C(X) とする. 実数値連続関数の性質 X を位相空間 f, g f + g, f − g, f · g は連続関数となり, 任意の x ∈ X に対して g(x) =0 であれば fg も連続関数となる f + g は (f + g)(x) = f (x) + g(x) なる関数を表す. その他も同様). 上記によって定義される演算 +, · により C(X) は環となる. X, Y を位相空間, f === Page 14 ==== とすると C(f ) は環準同型写像となる. 以上より C は関手となる; X, Y, Z を位相空間, f これより C は T op から Ring への反変関手となる. 例 1.2.12 K を体 V, W を K 線形空間, f, g とする. 任意の v ∈ V, k ∈ K に対して と和とスカラー倍を定義することによって Hom(V, W ) は線形空間となる. 線形空間 W を固定し, 線形写像 f , と F (V ) = Hom(V, W ) を定義する事によって F は V ect から V ect への反変関手となる; これは例 1.2.11 と全く同様に示せる. 定義 1.2.15 A を圏とする. A 上の前層を関手 A op → Set とする. X を位相空間とする. 包含関係を順序関係とする X の開部分集合の成す半順序集合を O(X) とする. そして例 1.1.8(e) の様に O(X) を圏とみなす. よって O の対象は X の開部分集合であり, U, U ′ ⊂ O について U ⊂ U ′ ならば 唯一の射 U → U ′ が存在する. 空間 X の前層とは, 圏 O(X) 上の前層の事である. 例えば, 空間 X について, X 上の前層 F は F (U ) を U から R へ の連続写像の集合とし (U ∈ O(X)), U, U ′ ∈ O に対して U ⊂ U ′ , つまり f に対して 7→ g|U (g の U への制限) とすることで F は前層となる: U, V, W ∈ O に対して U ⊂ V ⊂ W つまり U − → W となる射 f, g が存在し, h ∈ F (W ), 1W を W 上の恒等写 像とする. F (1W )(h) = h|W = h = 1F (W ) (h) よって F は前層となる. 定義 1.2.16 関手 F === Page 15 ==== が単射であるとき忠実といい, 全射であるとき充満という. 注意 1.2.17 定義における A と A′ の役割に注意する. 忠実性は,f1 と f2 が異なる A の射であったとしても, F (f1 ) 6= F (f2 ) となることは言っていない. 図 1.1 充満性と忠実性 図 1.1 の状況で, もしも示されている各 A, A′ と g について,F で g に送られる点線矢印が高々一つ有れば忠実であり, 少なくとも一つあれば充満である. 異なる A の射 f1 , f2 について F (f1 ) = F (f2 ) となる. 忠実な関手 F 演習問題 1.2.27 F (A) = F (B ) = X, F (B) = F (C) = Y, F (f ) = F (g) = h で定義される次のような関手を考える. この時,F は関手となり忠実で, 異なる A の射 f, g について F (f ) = F (g) となる. 定義 1.2.18 圏 A の部分圏 S とは, ob(A ) の部分クラス ob(S ) と, 各 S, S ′ ∈ ob(S ) について A (S, S ′ ) の部 分クラス S からなり, S が合成と恒等射で閉じているものをいう.これが充満部分圏とは, 各 S, S ′ ∈ ob(S ) につ いて S (S, S ′ ) = A (S, S ′ ) となることを言う. よって, 充満部分圏は対象の選択とその全ての射からなるので, 単に対象を何か選べば指定できる. 例えば Ab は Grp の充満部分圏で, 可換な群から成り立っている. S が A の部分圏であれば, 包含関手 I 充満部分圏であるときに限って充満である. 関手の像は必ずしも部分圏になるとは限らない. 例えば F (A) = X, F (B) = F (B ′ ) = Y, F (C) = 注意 1.2.19 Z, F (f ) = p, F (g) = q で定義される次の様な関手を考える. === Page 16 ==== この時, p と q は F の像に含まれるが, qp はそうではない. 1.3 自然変換 圏, 関手に続いて「関手の間の射」なる概念が存在する. このような射は自然変換と呼ばれている. この概念は二つの 関手の定義域と値域が同一であるときに限って適用される. これがどのようなものか理解するために, 特殊な場合を考える.A を対象が自然数 0, 1, 2, . . . からなる離散圏とする.A から圏 B への関手 F とは単に B の対象の列 (F0 , F1 , F2 , . . .) のことである (何故なら,A と B の対象の関手による 対応関係を定めると A の対象の恒等射は関手の定義より対応させた B の対象の恒等射に対応することが自動的に決 まるので A の対象と対応する B の対象の列と見なすことができる).G を A から B の対象の列 (G0 , G1 , G2 , . . .) か らなるとする.F から G への「射」となる定義は B の射の列 となる. これらを図示すると (Fi または Gi の幾つかは等しい可能性もあり,B には図に現れている以外にも多くの対象があるかもしれない). 上記は, 一般の場合において関手 A ⇒ B の間の自然変換は, 各 A ∈ A について割り当てられる射 αA G(A) の族からなると考えられる. 上記で圏 A は恒等射以外射を一つも持たないという特殊な性質を備えていた. 一 般には, 射 αA と圏 A の射との整合性が要求される. 定義 1.3.1 A , B を圏とし,A ⇒ B を関手とする. 自然変換 α B の射の族 (F (A) −−→ G(A))A∈A であって,A の各射 A − → A′ について, 図式 が可換になるものとする. 射 αA は α の成分と呼ぶ. 注意 1.3.2 (a) 自然変換の定義は,A の各射 A − → A′ に対して,B の射 F (A) → G(A′ ) がちょうど一つ構成できるよう に設計されている. この射は f = 1A のとき αA である. 一般の f については (1.3) の対角線を表すものであり,「ちょ うど一つ」とはこの図式が可換になることを含意している. (b)α が F から G への自然変換であることを表すのに と書くこともある. === Page 17 ==== 例 1.3,3 A を離散圏とし,F, G 様に B の対象の族 (F (A))A∈A と (G(A))A∈A のことである. また自然変換 α G(A))A∈A の事である. この族は A の全ての射 f に対して (1.3) の自然変換の公理を満たす. 何故なら A の射は恒等射のみで,f が恒等射のとき自然変換の公理は自動的に満たされるからである. つまり以下の図式が各射 A − −→ A に対して可換になることである: 即ち 例 1.3.5 自然数 n を固定する. 可換環 R について,R 成分の n × n 行列は乗法によってモノイド Mn (R) を成す. そし て環準同型 R → S はモノイド準同型 Mn (R) → Mn (S) を誘導する: Mn を可換環に対してその成分の n × n 行列を対応させる. 環準同型写像 ϕ 対応させる. 任意の行列 Z ∈ Mn (R) に対して 関手の確認; 任意の行列 X, Y, ∈ Mn (R) に対して === Page 18 ==== iR を恒等写像とする.W ∈ Mn (R)(単位行列) に対して 従って Mn また可換環 R の台集合は乗法によってモノイド U (R) になり (つまり加法を忘れる),U (例 1.2.3(d) のような忘却関手) を定めている. R 成分の n × n 行列 X は行列式 detR (X) をもち, これは R の元である. 行列式の性質 は, 各 R について関数 detR があって, これは自然変換となっている: 任意の W ∈ Mn (R) と任意の環準同型写像 ϕ が成り立つ. つまり下記の図式が各射 R − → C に対して可換になるという事である: === Page 19 ==== 行列式が全ての環について一様に定義されているということが表されている. つまりある環上の行列について行列式 はこう定義するが, 別の環については違う方法で定義をするということはしない. 一般的にいうと, 自然変換の公理 (1.3) は族 (αA )A∈A が全ての A ∈ A にわたって一様に定義されているという考え方を捉えていると考えられる. 構成 1.3.6 自然変換は射なので, 場合によって合成が可能である. 与えられた自然変換 について, 合成された自然変換 が,A ∈ A について β ◦ α の成分 (β ◦ α)A は βA ◦ αA と定義される. また恒等自然変換 も,A ∈ A について 1F の成分 (1F )A は 1F (A) と定義される. 実際にこれらの定義によって β ◦ α と 1F が自然変換となっているか図式を用いて確かめる; F, G, H をそれぞれ A から B への関手,A, A′ ∈ ob(A ),f ∈ A (A, A′ ) とする. β ◦ α が自然変換となっていることは上記の右の図式が可換になっていることが言えれば良いが, 右の図式は左の図式 の一部分,α と β が自然変換であること (上記の左側の内部図式が可換である) と (β ◦ α)A = βA ◦ αA の定義から確認 (1F )A が自然変換になっていることは上記左側の図式が可換になっていることが言えれば良いが, 上記右側の図式か ら確認できる. よって二つの圏 A と B について,A から B への関手を対象とし, それらの間の自然変換を射とする圏が存在し, こ === Page 20 ==== れを A から B への関手圏と呼ばれ [A , B] あるいは B A と書かれる; F, G, H, K を A から B への任意の関手とし α 結合律;(簡略化の為合成を表す ◦ は省略する.) 単位律; 2 という文字で二つの対象からなる離散圏を表す.2 から圏 B への関手とは例 1.3.3 と同様の理由で B の 例 1.3.7 対象の組と見なせ, 自然変換は B の射の組である.B の直積圏の対象は B の対象の組で, 射は B の射の組であるが故 に関手圏 [2, B] は直積圏 B × B と同型である. この事実は関手圏の別の表記法 B 2 に適っている. 二つの半順序集合 A と B を考え, 例 1.1.8(e) の時の様に圏と見なす. 順序を保つ写像 A ⇒ B が与えられ 例 1.3.9 たとき, これらを例 1.2.9 の様に関手と見なす. この時自然変換 6 B が存在すれば高々一つで, 任意の a ∈ A について f (a) ≤ g(a) となる場合に限り存在する; 先ず上記の自然変換 α −→ g(a))a∈A が一意的に存在する仮定する. すると α は B の射の族である ことにより任意の a ∈ A について射 αa 立つ. 逆に任意の a ∈ A について f (a) ≤ g(a) が成り立つ, つまり射 αa −→ g(a))a∈A を考えると,A の各射 a − → a′ について, 図式 は B の射なので一意的に定まる. そこで射の族 (f (a) − ∵ 上記の図式の中の f (a) から g(a′ ) への射 αa ◦ f (h) と g(h) ◦ αa が考えられえるが B の射は存在すれば高々一つに 定まるので αa ◦ f (h) = g(h) ◦ αa となる. なので [A, B] もまた例 1.1.8(e) と同様にして半順序集合となる. その元は A から B への順序を保つ写像であり, 射 f ≤ g は全ての a ∈ A について f (a) ≤ g(a) が成り立つ時に高々一つ存在する. 「位数 6 の巡回群」といった言い回しは, 圏における二つの同型な対象についてそれらが集合として同じかどうか (各々 の要素が同一のものか) は問題にしないという考え方の現われである. === Page 21 ==== 特に, これは圏として関手を考えたときに適用される. つまり, 二つの関手 F, G うかを普通は問題にしない(同一とは, 各 A, A′ ∈ A , f ∈ A (A, A′ ) について対象 F (A) と G(A) が同一かどうか F (f ) かどうかである. 定義 1.3.10 A , B を圏とする.A から B への関手の間の自然同型とは,[A , B] における同型射のことである. 補題 1.3.11 6 B を自然変換とする.α が自然同型であることと,αA A ∈ A について同型射であることは同値である. 証明 α が成り立つ. よって各 A ∈ A に対して自然変換の合成の定義より が成り立つ. これより各 A ∈ A に対して αA 逆に各 A ∈ A に対して αA が存在して αA = 1G(A) が成り立つ. ここで B の射の族 (G(A) −−→ F (A))A∈A を考える. すると α が自然変換であることより A の射 A − → A′ に対して以下の等式が成り立つ. つまり A の各射 A − → A′ について可換図式 が成り立つということである. これより (G(A) −−→ F (A))A∈A は自然変換となる. 更に各 A の各射 A − → A′ に対して図式 === Page 22 ==== が前述の事実からそれぞれ可換になるので α−1 ◦ α = 1F , α ◦ α−1 = 1G が成り立つ. よって α は自然同型である. 2 関手 F, G が自然同型とは,F から G への自然同型が存在することである. 自然同型は関手圏 [A , B] の同型だか = G と表せる. 定義 1.3.12 関手 A ⇒ B について,F と G が自然同型の時 A について自然に F (A) ∼ もしも A について自然に F (A) ∼ = G(A) であれば, 個別の A について確かに F (A) ∼ = G(A) が成り立つが, 更に同型 射 αA 例 1.3.13 F, G が成り立つ: ⇒ 方向の主張は一般に成り立つことは明らかなので ⇐ 方向の主張を確認する. 先ず A ∈ A について F (A) ∼ = G(A) と仮定すると,B の同型射の族 (F (A) −−→ G(A))A∈A を定義することができ る.α が自然変換となっていることが言えれば良いわけだが,A は離散圏なので各対象間の射は恒等射しか存在しない ので各射 A − −→ A に対して図式 === Page 23 ==== は例 1.3.3 と同様に可換になることが分かる. よって補題 1.3.11 と (F (A) −−→ G(A))A∈A より F ∼ なのでこの場合に限っては,A について自然に F (A) ∼ = G(A) であることと, 各 A ∈ A について F (A) ∼ = G(A) であ ることは同値である. しかしこのことは A が離散圏だから成り立つのであって, 一般には成り立たない. 関手 A ⇒ B で各 A ∈ A について F (A) ∼ = G(A) となるが,A について自然に F (A) ∼ = G(A) ではない例がある. 集合の二つの元は同じであるかそうでないかのどちらかである. 圏の二つの対象も同じであるかそうでないか, または, 同型であるかそうでないかのどちらかでもある. 圏における二つの対象の同一性は厳しい条件である. 通常は同型かど うかに着目する. まとめると: • 集合の二つの元が同じということの概念には同一性を適用する • 圏の二つの対象が同じということの概念には同型性を適用する ということになる. これを関手圏 [A , B] に適用すると, • 二つの関手 A ⇒ B が同じとういことの概念には自然同型性を適用する ということになる. またこれを CAT に適用すると • 二つの圏が同じということの概念には同型性 (同型な関手が存在するかどうか) を適用する である. より具体的に述べると,A ∼ = B であれば, 関手 A ⇆ B (1.4) が存在して が成り立つが, 関手の同一性 (上記の等式の = のこと) は強い条件であった. これから定義する「圏同値」は,• の二つ 目の条件より弱いものである. その定義は, 単に式 (1.5) の等号「=」を同型記号「∼ =」に置き換えることによって 定義 1.3.15 圏 A と圏 B の間の圏同値とは, 関手の組 (1.4) と自然同型 からなる.A , B の間に同値が存在する時,A , B は圏同値であるといい,A ' B で表す. 関手 F, G は「圏同値を ある関手が圏同値を与えるかどうかを逆射を与えて定義 1.3.15 を満たすことを検証する他に方法がある. その為に以 下の定義をする. 定義 1.3.17 関手 F = B となることである. 命題 1.3.18 証明:(⇒) 関手が圏同値を与える ⇔ 関手が充満忠実かつ対象について本質的に全射である F, G === Page 24 ==== B ∈ B について同型射 B り自然変換 η は可換である. 今,η は自然同型なので f = ηA ′ ◦ G(F (f )) ◦ ηA が成り立つ. つまり f 6= g だと仮定すると ′ ◦ G(F (f )) ◦ ηA = f 6= g = ηA′ ◦ G(F (g)) ◦ ηA となるので F は忠実である.G も同様に忠実である. 任意の ′ ◦ G(h) ◦ ηA とおくと, 可換図式より ηA′ ◦ G(F (g)) ◦ ηA = g = ηA′ ◦ G(h) ◦ ηA , 故に G(h) = G(F (g)) となるが G は忠実なので h = F (g) となる. すなわち F は充満である. (⇐) F を充満忠実かつ対象について本質的に全射であると仮定する. 次に関手 G を構成する. •F が対象について本質的に全射なので,B ∈ B について,XB ∈ A と同型射 B よって任意の対象 B ∈ B に対して関手 G で XB に写す, つまり G(B) = XB と定義する. •F が充満忠実なので,B, B ′ ∈ B について, 全単射 が存在する. よって g ∈ B(B, B ′ ) について F (f ) = −1 B ′ ◦ g ◦ B なる f ∈ A (G(B), G(B )) が一意に存在す る · · · (1.8). 何故なら B の定義より −1 → B ′ −−→ F (G(B ′ )) という射, つま B ′ ◦ g ◦ B ∈ B(F (G(B)), F (G(B ))) であり,(1.7) の全単射性より前述の主張が成り立つことが分かる.(1.8) に よって G(g) = f と定める.  を B の射の族 (F (G(B)) −−→ 1B (B))B∈B としこれが自然変換となっていることを確かめる.A の各射 A − ついて, 図式 は可換となる. 次に G が関手になっていることを確かめる. g ∈ B(B, B ′ ), g ′ ∈ B(B ′ , B ′′ ) とし G(g ′ ◦ g) = f˜,G(g ′ ) ◦ G(g) = f ′ ◦ f とおく. すると G の定義より, それぞれ F (f˜) = −1′′ ◦ (g ′ ◦ g) ◦ B ,F (f ′ ) = −1′′ ◦ g ′ ◦ B ′ ,F (f ) = −1′ ◦ g ◦ B となる. よって以下の等式が成り立つ. F は忠実関手なので f˜ = f ′ ◦ f . これより G(g ′ ◦ g) = f˜ = f ′ ◦ f = G(g ′ ) ◦ G(g) が成り立つ. 次に G(1B ) = f とおく.G の定義より F (f ) = −1 B ◦ 1B ◦ B = B ◦ B = 1F (G(B)) となる.F が忠実関手であること により 1G(B) = f となり G(1B ) = 1G(B) が成り立つ. F が充満忠実なので,A ∈ A について, 全単射 === Page 25 ==== が存在する.G(F (A)) と F (A) F (A) ∈ B(F (A), F (G(F (A)))) なので,F が充満 忠実関手であることより F (ηA ) = −1 F (A) なる ηA ∈ A (A, G(F (A))) が一意的に存在する. 補題 4.3.8(a) J (a) A の射 f が同型射である ⇔ B の射 J(f ) が同型射である 証明:J は関手だから f が同型射ならば J(f ) も同型射である.(演習問題 1.2.21). 逆に f J(A) → J(A′ ) が同型射であるとし β = J(f )−1 とする.J は充満関手なので β = J(α) なる α が,J の忠実性から 同様に f ◦ α = 1A′ も証明できる. これより ηA は各 A ∈ A について同型射であり,A の射の族 (1A (A) −−−→ G(F (A))A∈A は任意の A − → A′ に対し て図式 が可換になることを満たす.G(F (f )) = ηA′ ◦ f ◦ ηA の等号が成り立つのは G(F (f )) = f ′ とおくと G, η の定義と F が忠実関手であることより となることから分かる. よって (1A (A) −−−→ G(F (A))A∈A が自然変換となる. 補題 1.3.11 の有用性の一部分は射が同型射であることを示す為に実際に逆射を構成する必要がないことであり, 命題 1.3.18 も同様に関手 F が圏同値を与えることをを示す為に実際に定義 1.3..15 でいう G, η,  を構成する必要がない事 である. 充満忠実関手は本質的に充満部分圏への埋め込みと見なせるということを次の系は示す. 系 1.3.19 F 象 F (C) からなる D の充満部分圏 C ′ と圏同値である. === Page 26 ==== 証明;F ′ (C) = F (C) で定義される関手 F ′ より対象について本質的に全射である. A を圏とし,B を A の各対象と同型な対象を少なくとも一つは含む充満部分圏とする. この時, 包含関手 例 1.3.20 B ,→ A は充満忠実で対象について本質的に全射である. 故に B ' A である. 圏が与えられたとき, 対象の同型類から幾つか対象を残しその他を除いたとしても, その圏は元の圏と圏同値となる. 逆に与えられた圏について既に存在する対象と同型な対象を加えても圏同値性という点では変わらない. 例えば,F inSet を有限集合とその間の関数の圏とする. 各自然数 n について,n 点集合 n を選択し,B を対象が 0,1,. . . からなる F inSet の充満部分圏とする. この時 B は F inSet より幾つかの意味で小さいが,B ' F inSet で ある. A op B という圏同値は, しばしば A と B の間の双対性と呼ばれる. 例 1.3.22 注意 1.3.24 構成 1.3.6 で定義した自然変換の合成は垂直合成と呼ばれるもので, また水平合成というもの考える. 自 然変換 に対して, 自然変換 を定義する. これは α′ ∗ α と表す.A における α′ ∗ α の成分は, 図式 の対角線として定義される. 言い換えると,(α′ ∗ α)A は αG(A) (A) として定義される. こ れらの射は α′ が自然変換であることで上記の図式が可換なので等しい為にどちらを採用しても問題ない.α′ ∗ α が自 然変換となっていることを確かめる; → A′ に対して図式 が可換となれば良い. 上記の図式は下記の立方体図式の中で斜めに横断する図式として表せる. この立方体図式のそれぞれの面となっている図式は以下の理由によって可換となる. === Page 27 ==== • 上の面:α′ が自然変換であることによって αA について図式 (1.3) が可換になることから. • 下の面:α′ が自然変換であることによって αA′ について図式 (1.3) が可換になることから. • 奥の面:図式 (1.10) の F ′ による像であることから. • 手前の面:図式 (1.10) の G′ による像であることから. • 左の面:α′ が自然変換であることによって F (f ) について図式 (1.3) が可換になることから. • 右の面:α′ が自然変換であることによって G(f ) について図式 (1.3) が可換になることから. 以上より G′ (G(f )) ◦ (α′ ∗ α)A をそれぞれの面の図式の可換性より書き換えていくことによって F ′ (F (f )) ◦ (α′ ∗ α)A′ とできることから G′ (G(f )) ◦ (α′ ∗ α)A = F ′ (F (f )) ◦ (α′ ∗ α)A′ を得る. 水平合成の特別な場合に α または α′ が恒等自然変換の場合がある. これは重要なので専用の記法がある. かつ (1F ′ ∗ α)A = (F ′ α)A = F ′ (αA ) である. ∵ 一般の水平合成の定義と照らし合わせて α = 1F の時 G = F となり, この場合の水平合成の自然変換の図式は左の 図式となる. 同様に α′ = 1F ′ の時 G′ = F ′ となり, この場合の水平合成の自然変換の図式は右の図式となる. 左の図式は α が自然変換であること, 右の図式は F (A) −−→ G(A)(恒等射も混じっている) の F ′ の像であることよ り可換となるからである. 垂直合成と水平合成は交換法則を満たす. つまり となる. 特に 1F ′ ∗ 1F = 1F ′ ◦F となる; ∵ 先ず (1.11) の右辺の A 成分の図式は となる. 次に F (A) −−→ G(A), G(A) −−→ H(A) に関する (1.3) の図式を書き加える. === Page 28 ==== 次に外側の射の合成を書き加えると この図式の一番外側の四角形の図式が (1.11) の右辺の自然変換の水平合成の時の図式となっていることが分かる. よって (1.11) が成り立つことが分かった. 参考文献